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那覇地方裁判所 平成9年(ワ)563号 判決

原告

仲本栄子

ほか一名

被告

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ金二一八万二七四八円及びこれに対する平成七年一〇月一二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、自動二輪車の後部座席に同乗中、事故によって死亡した者の遺族である原告らが、被告に対し、自賠法七二条一項に基づき損害のてん補を請求したところ、被告が請求額の一部しか支払わなかったので、同法施行令で定める限度額まで損害のてん補を請求した事案である。

一  前提事実(認定事実については、括弧内に証拠を示す。)

1  平成六年八月一〇日午後八時二〇分ころ、那覇市松尾二丁目一三番三一号株式会社仲吉組現場事務所付近道路において、宇榮原末男(以下「末男」という。)運転の自動二輪車(車両番号一沖縄う六六四〇、以下「本件車両」という。)が、警察の検問を避けようとして進行し、ハンドル操作を誤り、同事務所出入口扉付近に衝突した。その結果、同車両の後部座席に乗車していた仲本未来(以下「未来」という。)が、本件車両から放り出され、頭部を強打し、同日午後一〇時五分、沖縄県立那覇病院において、脳挫傷、頭蓋底骨折、出血性ショックにより死亡した(甲一、二、八の一、二)。

2  未来は、昭和五三年二月一二日生まれで、本件事故当時一六歳の高校生であり、原告仲本栄子(以下「原告仲本」という。)は未来の母、原告松田高弘(以下「原告松田」という。)は未来の父である。

3  本件車両の自賠責保険会社である大同火災海上保険株式会社は、本件車両が盗難車であり、保管状況につき管理上の瑕疵が認められず、本件事故も盗難から八二日後に発生しているので、保有者責任はない旨の理由で、自賠法一六条による被害者請求を拒絶した(弁論の全趣旨)。

4  原告らは、平成七年一〇月一一日、被告に対して、自賠法七二条一項に基づき損害てん補請求をし、被告は、原告らに対して、平成七年七月五日、金二三六三万四五〇三円をてん補する旨通知し、平成八年一一月一二日に支払った(甲七、乙五の一、二)。

5  末男の父である宇榮原宗治は、原告らに対して、未来の葬儀費等として金二〇〇万円を支払った。

二  争点

1  損害額

2  好意同乗による過失相殺の可否、その割合

3  遅延損害金の発生の有無

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(原告ら)

(一) 治療費 一万九一六〇円

(二) 文書料 三六九〇円

(三) 逸失利益 三八〇〇万一八九一円

・死亡時年齢 一六歳

・就労可能年数 四九年(一八歳から六七歳まで)

・ライプニッツ係数 一六歳から六七歳までの五一年間

一八・三三九

一六歳から一八歳までの二年間

一・八五九

・生活費控除率 三〇パーセント

・平成七年度賃金センサス、女子労働者、学歴計、全年齢平均額 年三二九万四二〇〇円

計算式 三二九万四二〇〇×(一-〇・三)×(一八・三三九-一・八五九)=三八〇〇万一八九一円

(四) 慰藉料 二〇〇〇万円

(被告)

(一) いずれも不知ないし争う。

(二) 被告は、本件損害てん補額について、「政府の自動車損害賠償保障事業損害てん補基準及び自動車損害賠償責任保険(共済)支払基準」及び「政府の自動車損害賠償保障事業損害てん補基準実施要領」に基づき、積算して支払った。

2  争点2について

(被告)

未来と末男の関係、交友期間、本件事故に至る経緯、とりわけ、未来が末男の無謀な無免許運転を承認する態度をとっていたと推察できることなどの事情によれば、総損害額を対象として、少なくとも二割の減額をすべきである。

(原告ら)

本件事故の直前、末男が警察官の制止を無視して走行した際に、未来が直ちに停止するように訴えたことなどによれば、好意同乗による過失相殺をすべきではなく、仮に過失相殺するとしても、損害項目のうち、慰藉料のみから差し引くべきである。

3  争点3について

(原告ら)

自賠法七二条に基づく国のてん補金支払義務については、自賠法及び関係法令中に民法四一九条の規定の趣旨を排除する規定はないから、その支払期限について別段の規定が存在しない以上、私法上の金銭債権に準じ、期限の定めのない債務として、民法四一二条三項により請求を受けた時から遅滞に陥り、遅延損害金が発生する。

(被告)

(一) 政府の保障事業に対する損害てん補請求権は、社会保障的見地から、特に認められた公法上の請求権であるから、自賠法及び関係法令中に保障金の支払期日及びそれを徒過した場合に損害金を付して支払う旨を定めた規定が存しない以上、遅延損害金は発生しない。

(二) 責任保険の保険金請求債権の履行期は、損害が抽象的に発生した時点ではなく、損害額が確定したときに到来する。本件でも、被告は損害額を争っているのであるから、未だ損害額が具体的に確定しているとはいえず、履行期も到来していない。したがって、履行遅滞を前提とする遅延損害金の請求は理由がない。

(三) てん補金は法令の定める限度において支払われるものであり、遅延損害金の請求であっても、現実の支払額が限度額を超える部分は失当である。

第三当裁判所の判断

一  本件事故が末男のハンドル操作を誤った過失により発生したことは当事者間に争いがない。また、甲六、七及び弁論の全趣旨によれば、本件車両が盗難車であり、保有者に本件車両の保管や管理につき落度がなかったため、保有者が被保険者とならないことが認められる。したがって、被告は、自賠法七二条一項後段に基づき、政令で定める金額(本件では三〇〇〇万円)の限度で、原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。

二  争点1について

1  治療費 金三〇三二円

甲三及び弁論の全趣旨によれば、沖縄県立那覇病院における治療費金六万四四〇円から、健康保険の給付額金四万二三〇八円及び家族療養付加金として第一生命健康保険組合から給付された金一万五一〇〇円を控除した金三〇三二円が治療に伴う損害として認められる。

2  文書料 金三六六〇円(甲四、五)

3  逸失利益 金三二五七万三〇四九円

未来は、本件事故当時一六歳の女子で未就労の高校二年生であり、本件事故にあわなければ、満一八歳から稼動することができたものと認められる。平成七年度賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計・全年齢平均の女子労働者の平均賃金である三二九万四二〇〇円を基礎とし、就労期間は、満一八歳から六七歳までの四九年間、生活費控除率を四〇パーセントとし、年五分の割合による中間利息の控除をライプニッツ式で行うと、以下の計算式により、右金額となる。

(計算式)

三二九万四二〇〇円×一六・四八〇×(一-〇・四)=三二五七万三〇四九円(一円未満切り捨て)

4  慰謝料 金二〇〇〇万円

甲一一、乙イ三及び原告仲本本人尋問の結果によれば、未来は、本件事故当時高校二年生で原告仲本とともに生活していたこと、原告仲本は、原告松田と離婚後、本件事故まで約一一年あまりの間、未来を養育してきたことが認められ、このほか、原告らと未来との家族関係、未来の年齢その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると未来が死亡したことに対する慰謝料は、金二〇〇〇万円と認めるのが相当である。

5  相続

未来は、右損害賠償請求権を有したところ、原告らは、右損害賠償請求権をそれぞれ法定相続分に従い、二分の一ずつ相続した。

6  葬儀費用 金一二〇万円

乙三及び弁論の全趣旨によれば、原告らが未来の葬儀を執り行ったこと、原告仲本がその葬儀費用を支出したことが認められ、葬儀費用として認められる損害は一二〇万円が相当である。

7  1から6の合計額は、五三七七万九七四一円である。

三  争点2について

1  乙イ一ないし三、同五号証並びに原告仲本及び分離前相被告末男の本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

末男と未来は、平成四年初めころに知り合って付き合うようになり、本件事故が発生するまで、週に三回から五回位会っていた。末男は、平成四年ころから、無免許でオートバイの運転を始め、未来も末男が運転するオートバイに度々同乗していた。原告仲本は、平成六年二月ころ、末男宅で、末男、末男の両親及び未来に対し、末男がオートバイを無免許運転している旨注意したことがあった。末男は、本件事故の約一週間前に本件車両を盗み、その後、ほとんど毎日、未来と会って、本件車両に乗ってドライブして遊んでいた。末男は、未来に対し、無免許であることや本件車両が盗難車であることを話していた。

本件事故の当日、末男と未来は、午後六時ころ、未来の家の近所の喫茶店で待合せをした。末男は、近くの公園で、缶ビールを飲みながら、しばらく未来と話をした後、本件車両に二人乗りして、開南の牛丼屋に食事に出かけた。食事を済ませた後に、二人で平和通りにあるゲームセンターに向かうことにし、その途中、午後八時二〇分ころ、本件事故が発生した。

2  以上の事実に照らせば、未来は、末男が無免許で飲酒していることを知りながら、本件車両に同乗したところ、未来と末男の親しい関係からすれば、無免許運転という危険な行為の中止を指示し、危険な運転による事故の発生を回避すべき立場にあったにもかかわらず、そのような指示を行っていなかったことはもとより、末男の運転する本件車両にすすんで同乗したために、本件事故にあって被害を受けたものといえる。

原告らは、本件事故の直前に、未来が末男に対し、直ちに停止するように指示した旨主張し、甲一一及び原告仲本の供述中にはこれに沿う部分があるものの、末男は右事実を否定しており、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3  以上認定した事実を総合考慮すると、原告らの損害の算定にあたっては、全損害項目を対象として、その二割を過失相殺によって減額するのが相当と認められる。したがって、原告らの損害は、四三〇二万三七九二円となる。

四1  損害のてん補 金二五六三万四五〇三円

前提事実のとおり、被告から自賠法七二条一項により、金二三六三万四五〇三円が支払われ、原告らの相続分に従い、原告らの損害に金一一八一万七二五一円ずつ充当された。

宇榮原宗治から葬儀費等として支払われた金二〇〇万円は、原告らの相続分に従い、原告らの損害に金一〇〇万円ずつ充当されたことになる。

2  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは本件訴訟の提起遂行を原告ら訴訟代理人に委任し、相当額の弁護士費用の負担を約したことが認められるところ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額その他諸般の事情に照らすと、弁護士費用として被告に損害賠償を求めうる額は、原告ら各自につき、それぞれ金二〇万円と認めるのが相当である。

3  以上より、原告らには合計して金四三四二万三七九二円の損害が本件事故により発生したことが認められ、自賠法施行令で定める死亡時の損害てん補金の限度額である金三〇〇〇万円を超えている。したがって、被告は、原告ら各自に対し、金三〇〇〇万円から原告らが被告から既に支払を受けた金二五六三万四五〇三円を差し引いた残金四三六万五四九七円について、原告らの相続分に従い、その二分の一の金二一八万二七四八円(一円未満切捨て)を損害てん補金として支払う義務を負うことになる。

五  争点3について

1  被告は本件損害てん補請求権のような公法上の金銭債権については、民法の規定が適用されないことを前提として、遅延損害金が発生しない旨主張する。しかし、自賠法七二条に基づく国に対する損害てん補請求権が公法上の金銭債権であるとしても、そのことのみをもって直ちに民法の規定の適用がないとするのは相当でない。かえって、国を当事者とする金銭債権について、会計法で時効についてのみ民法の特則を定め(会計法三〇条ないし三二条)、他の事項について規定がないのは、公法上の金銭債権であっても、時効以外の点については、原則として民法の規定を準用する趣旨であると解するのが相当である。民法四一九条は、金銭債務の不履行の場合についての一般規定であり、公法上の金銭債務であっても、特にこの規定を排除する趣旨の規定が存する場合を除き、民法四一九条の規定が準用されることになる。

これを本件損害てん補請求権についてみると、自賠法及び関係法令中に民法四一九条の規定を排除する趣旨の規定は存しないから、私法上の金銭債権に準じ、民法四一九条により、遅延損害金が発生するというべきである。

2  次に、自賠法七二条一項の損害てん補債務の履行期がいつ到来するかについて検討すると、これについても自賠法及び関係法令中にその支払期日について別段の規定が存しない以上、期限の定めのない債務として扱い、民法四一二条三項により請求を受けた時から遅滞に陥ると解するのが相当であり、この点に関する被告の主張は採用できない。

また、自賠法施行令の定める限度額は、てん補すべき損害の限度額をいうのであって、てん補すべき損害額に加え、履行を遅滞したことによって生じる遅延損害金も含めた現実の支払い額についての限度まで画する趣旨の規定ではないと解するのが相当であり、この点に関する被告の主張も採用できない。

六  以上によれば、被告は、原告ら各自に対し、損害てん補金の残金として、金二一八万二七四八円及びこれに対する損害てん補請求の翌日である平成七年一〇月一二日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(裁判官 齊藤啓昭)

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